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脳振盪への対応と予防

脳振盪への対応と予防
【監修】日本大学医学部脳神経外科 おとわ内科・脳神経外科クリニック 川又達朗

脳振盪の基礎知識と現場での評価:

脳振盪はアメリカンフットボールでは発生頻度の高い外傷の一つです。交通事故において脳振盪は軽症の頭部外傷ですが、フットボールのようなコンタクトスポーツでは、脳振盪を甘くみてはいけません。スポーツでは脳振盪を繰り返し起こすリスクが高く、これによってセカンドインパクト症候群のような重篤な状態に陥ったり、パンチドランカーのような慢性的な脳機能障害(慢性外傷性脳症)を発症したりすることがあるからです。また脳振盪が起きやすいスポーツ環境では死亡事故につながる急性硬膜下血腫の頻度が高くなることが知られています。脳振盪の発生を減らす努力は、これらの重症頭部外傷の予防につながります。この項では、脳振盪の基本的な知識と予防方法、そして受傷後の対処方法について紹介します。

脳振盪とは?
脳振盪とは衝撃によって脳が揺さぶられることによって起こります。脳振盪というと受傷直後に意識を失い、その後回復するというイメージがあるかと思いますが、スポーツによる脳振盪では、意識消失を起こすことはむしろ稀です。主な症状は、記憶障害(健忘)、頭痛、めまい、ふらつき、吐き気、目の焦点が合わない(複視)、不適切な行動や言動、反応の遅延、気分の落ち込み、過度の興奮状態になる(感情失禁)、など多岐にわたります。

脳振盪の評価を迅速に行うことを目的に作られたpocket SCAT2(簡易版Sport Concussion Assessment Tool ver. 2)が国際スポーツ脳振盪会議から提唱されています。サイドラインで行うべき評価項目がまとめられていますので、脳振盪が疑われた場合は、これを用いて受傷者の評価をすると良いでしょう。チームに常備しておくことをお勧めします。

pocket SCAT2は、日本アメリカンフットボール協会のホームページからもダウンロードできます。
http://americanfootball.jp/main/2013/09/post-91.html
SCAT2
pocket SCAT2:サイドラインでの脳振盪の評価を目的に作られた簡易ツール。自覚症状、記憶の評価、バランステストの3項目をチェックする。異常が認められた場合は、『脳振盪の可能性あり』と判断する。10歳以上の選手に使用できます。

受傷直後の対応:

脳振盪受傷直後の対応
フィールドで選手が倒れたら、まず動かさずに、意識消失の有無を確認します。意識があり応答が可能な場合は、手足のシビレ、頚部の痛みがあるかを聞きます(頚椎損傷の可能性の確認)。無ければ、身体で痛いところ聞き、無理ない範囲で手足を動かすように命じます。四肢の動きに問題が無いようでしたら、状態に応じて担架あるいは徒歩でフィールド外に出します。その後pocket SCAT2を用いて脳振盪の評価を行い、脳振盪であると判断したら直ちにプレーを中止させます。受傷者を一人にせず、スタッフが必ず観察するようにしてください。

軽症の場合は、フィールドで倒れないこともあります。プレーをしていて少しでも調子がおかしいと感じた場合は、選手自らフィールド外に出るようにしましょう。自己申告しやすい雰囲気作りも重大な事故を防ぐためには大切です。受傷者自身が脳振盪に気付かない場合もあります。選手同士、チームスタッフが良く観察し、同じことを何回も聞く、プレーを間違える等、いつもと違う言動、行動がある場合は、その選手をフィールド外に出して脳振盪であるかを確認しましょう。

脳振盪の重症度
意識消失・意識障害が長く続く場合は重症です。急性硬膜下血腫などの重症頭部外傷の可能性もあるので、ただちに救急病院へ搬送します。但しスポーツでは意識消失を伴わない脳振盪が大多数ですので、意識消失の有無は重症度の判定にあまり有用ではありません。実際の現場では、脳振盪の諸症状がどれだけ長く続くかで重症度を判定します。スポーツ脳振盪の研究によると、脳振盪後約50%は受傷後1日以内に、95%は1週間以内に症状が軽快すると言われています。症状が2日目以降も残る場合は、念のため脳神経外科を受診するとよいでしょう。特に、これまでに経験したことがないような頭痛が長く続く場合は、頭の中に出血が起こっている可能性もありますので、頭部CTやMRIなどの画像診断を受けるようにしましょう。

症状がどれだけ続くかによって重症度を判断するということは、受傷直後には重症度は分からないということになります。したがって脳振盪と判断された選手は全て競技・練習を中止し、症状の経過をみなければなりません。一見大丈夫に見えても直ぐに競技に復帰させると、大きな怪我につながることがあります。後述する方法に従って競技復帰の計画を立てなくてはいけません。

競技復帰のタイミング:

平成25年12月に日本脳神経外科学会は国民に向けて『スポーツによる脳損傷を予防するための提言』と題する発表を行い、文部科学省より各スポーツ協会、高校、中学体育連盟に通達されました。その中には『スポーツによる脳振盪を起こしたら、原則として、ただちに競技・練習への参加を停止する。競技・練習への復帰は、脳振盪の症状が完全に消失してから徐々に行う』と明記されています。公式の発表であり、私たちはこれを順守しなくてはなりません。このような提言がなされた理由は、脳振盪からの早すぎる競技復帰により、後遺症を残すような重篤な脳損傷を負った事故が複数報告されたためです。この提言を境に、スポーツの脳振盪の取り扱いは大きく変わり、より厳密に対応しなくてはならなくなりました。

脳振盪と判断された場合は、ただちに、競技・練習から外れなくてはなりません。同日・同ゲームへの復帰は、原則として許可されません。症状があるうちは、心身ともに安静を保ち、症状の回復を待ちます。自覚症状が完全に無くなったら練習を始めますが、当初はコンタクトを禁止します。ジョギングなどの軽い有酸素運動から始め、少しずつ運動負荷を上げて行き、脳振盪の症状が再発しないかどうかを観察します。コンタクト以外の最大負荷の運動を行っても再発が無いことを確認したうえで、チームの責任者の許可を得てからコンタクトの練習を再開します。コンタクトの強度を少しずつ上げて行き、フルコンタクトを行っても症状の再発がない場合は、競技への復帰を許可します。それぞれの過程で症状の再発が見られた場合は、症状が出ないレベルまで運動負荷を下げ、経過をみて、時間をかけながら負荷を上げて行きます。

このように少しずつ運動負荷を上げながら、時間をかけて競技に復帰する方法を『段階的復帰』と言います。国際スポーツ脳振盪会議が提唱している『段階的復帰』方法を以下に示します。

複数回の脳振盪
一度だけの脳振盪は、後遺症を残さずに完治しますが、脳振盪を繰り返すと、パンチドランカーのような恒久的な脳障害をきたす恐れがあります。これを慢性外傷性脳症と呼びます。一度脳振盪をおこすと、二度目、三度目の脳振盪が起きやすい時期がしばらくの間続きます。『段階的復帰』を行い、観察期間を十分に取って下さい。ブロック、タックルの際に頭が下がる癖なども複数回の脳振盪につながります。悪い癖は早い段階で修正するように指導して下さい。

脳振盪からの段階的復帰

脳振盪からの段階的復帰:脳振盪を負った場合は、症状が完全になくなってから軽い練習を再開し、少しずつ運動負荷を上げて症状の再発がないことを確認する。十分な観察期間を経てからコンタクトを再開する。

脳振盪の予防対策:

1. フルコンタクト練習の見直し
フルコンタクトが不可欠な練習と、そうでないものを明確に区別し、フルコンタクトの数を少なくする努力をしましょう。フルコンタクトの練習は疲労が少ない時に行い、集中力を高める工夫をします。同じ練習を長時間行うことは集中力の低下を招き危険です。

2. 正しいブロック、タックル、転び方の指導
コンタクト時のヘッズアップを徹底して指導して下さい。体力、技術が未熟な下級生とコンタクト練習をする場合には、上級生は何らかの配慮をすべきです。懲罰的な練習(しごきなど)は決して行わないこと。

3. フィッティングの点検
大きすぎるヘルメットやゆるいチンベルトなど不適切なフィッティングは、脳振盪のリスクを高めます。プロショップのスタッフなど、専門家にフィッティングをチェックしてもらうことをお勧めします。

 

4. 脳振盪を予防する雰囲気作り
脳振盪を起こした場合は練習から外れることをチームの決まりとして徹底してください。様子のおかしい選手がいたら、周囲の選手やスタッフが必ず声をかけて、状態を確かめることが必要です。そのままプレーを続けると重大な事故につながります。

脳振盪予防対策の評価:

脳振盪予防の取り組みが正しく機能しているかは、1年間の脳振盪の発生回数を記録することで確認します。チームの年間脳振盪発生率が10%以下となることを目標にしてください(100人のチームなら1年間で10回まで)。脳振盪の発生率が年20%(同20回)を超えるようならば、練習内容を見直す必要があります。

頭蓋内出血への対応:

医療機関で頭の中で出血していると診断された場合は、それがどんなに軽く、症状が完全に回復したとしても、練習・試合に復帰してはいけません。残念ですが引退しなくてはなりません。軽症の出血と診断されたのち、競技に復帰して大出血を起こし、死亡あるいは重篤な後遺症が残った事故が複数報告されているからです。このことは前述した日本脳神経外科学会の提言にも述べられており、順守しなくてはなりません。

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