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頚部外傷とその予防


頚部外傷の実際と予防について

【監修】北里大学 北里研究所病院スポーツクリニック 月村泰規

アメリカンフットボールにおいて頭部外傷と共に、重大事故につながるリスクが高いのが頚部外傷です。1991年から2007年の17年間で、競技復帰が不可能となった重症事故のうち、頭部外傷が13%を占めています。この項では頚部外傷が発生するリスクを小さくするために、頚部外傷が起こるメカニズムを解説するとともに、予防対策を紹介します。

頚部のメカニズム:

頚部は7個の頚椎と8対の頚髄から構成されています。頚椎は前弯して並んでいるのが正常です。頚椎と頚椎の間には椎間板があり、これによって屈曲、伸展、側屈、回旋などの複合運動ができる構造となっています。頚椎の中には脊髄とよばれる中枢神経の大きな幹が通っています。脊髄は脳が人間の体を動かすための指令を全身に伝える重要な神経です。ゆえに頚部の負傷は重大事故につながる恐れが高いのです。

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首の正しいアライメント

頚部の主な外傷:

頚部の負傷は大きく6つに分類することができます。

1. 頚椎脱臼骨折に伴う四肢麻痺
頚椎は通常、前弯して並んでいます。顔を前に向けた状態でヒットした場合には、比較的強い構造となっていますが、顔が下向きになった状態で頭頂部、もしくは後頭部に強い力がかかると、頚椎の一部分が過度に伸展し、頚椎脱臼骨折につながります。頚椎脱臼骨折は脊髄を痛め、四肢麻痺などの重大な症状を引き起こすため、絶対に避けなければなりません。

2. 骨折を伴わない一過性四肢麻痺
受傷直後に四肢麻痺をきたし、数分後に速やかに回復を示す症例です。原因として、脊髄が通っている頚椎の穴が生まれつきもしくは後天的に狭くなってしまっている(頚部脊柱管狭窄症)ことが挙げられます。当院のデータによれば、受傷は、タックルした時が最も多く、ブロックした時、タックルされた時がこれに続きます。状態としては過屈曲(頭を下げた状態で引き伸ばされる)の場合に圧倒的に多く引き起こされていますが、過伸展(顔をあげた状態での軸方向への外圧)でも引き起こされる場合があります。

3. 骨折を伴わない神経根損傷
脊髄から伸びる神経根が損傷して麻痺が生じます。重症例だと回復に3ヶ月程度かかります。

4. バーナー症候群(一過性神経根損傷)
最も発症例が多い頚部の外傷です。一過性の神経根や腕神経嚢の刺激によって引き起こされます。例えば頚部が横に過伸展した場合、神経根が圧迫、腕神経嚢が過伸展し、非常に強いしびれ、焼けるような痛みがあります。しかし、症状は短時間で回復します。

5. 腕神経嚢麻痺
腕神経嚢が強い刺激を受け、腕に麻痺が起こる症例です。腕神経嚢が引き抜けてしまうと、永続的に麻痺を生じます。受傷後、3ヶ月を過ぎても症状が改善されない場合は手術が必要になります。

6. 頚椎捻挫(神経損傷なし)
一般的にむち打ち症と呼ばれる症例で、神経損傷を伴わないものを指します。

頚部外傷を防ぐポイント:

1. ヘッズアップを徹底する
頚椎脱臼骨折などの重大な事故を防ぐためには、タックル、ブロックなど、相手とコンタクトする際に必ず顔を上げ(ヘッズアップ)決して頭頂部で相手にヒットしないこと、を徹底しなければなりません。指導者は正しくヘッズアップしたヒットを実現する基本技術の習得を具体的に促し、選手はその習得に努めてください。近年は頭頂部で相手を痛めつけるヒットをした場合、ターゲティングの反則となりますが、このようなヒットは、相手ばかりでなくヒットした方が重大な負傷を引き起こす大きなリスクがあることを理解しなければなりません。

Headsup修正

2. メディカルチェックでリスクを把握する
頚椎のアライメント異常や、脊柱管狭窄症など、頚部に先天的、後天的異常があると、頚部外傷を起こすリスクが高まります。たとえば新入生を迎える春などに、X線やMRIで頚部の撮影を行い、異常の有無を確認することをお勧めします。

3. 頚部筋力の強化
正しい姿勢を保ち、外力に負けない強靭な頚部筋力を養うことは、頚部負傷を防ぐ上で大前提の条件となります。ウエイトトレーニングのメニューに毎回必ず頚部のトレーニングを組み込むなど、具体的な工夫をしてください。

重大な頚部外傷が起こってしまった時の対処法:

試合や練習時に頚部傷害が疑われる場合は、選手に声をかけて症状を確認し、慌てず、すみやかに対処してください。

① 反応がなく、意識消失がある(頭部外傷の疑い)  →            救急車要請

② 意識はあるが四肢麻痺がある(頚部外傷の疑い)  →            救急車要請

③ 意識消失も四肢麻痺もない(脳振盪の疑い)          →            自力で起きるように支持する。

※ 頚部外傷の疑いがある場合には、試合中であってもそのまま動かさずに気道の確保を行い、その場で救急車の到着を待ちます。ヘルメットはとらず、搬送時はスパイン・ボードなどで頭部を固定して搬送します。

トレーニング